エアガン、サバゲ ガンマメ~銃の豆知識~

【ガンマメ】「競技専用エアガン」というのは何?

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エアガンの箱に書いてあるアレなら、昔の自主規制の名残り。

日本には、エアガンメーカーによる団体が2つ存在している。まず歴史が古く、加盟メーカーの数も多いのが「ASGK」の略称で知られる日本遊戯銃協同組合。そして、そこから分かれて新しく作られた「JASG」の略称で知られる日本エアースポーツガン協会だ。エアガンの箱に書かれた「競技専用エアソフトガン」というフレーズの謎に迫るには、その2つの団体の生い立ちまでさかのぼる、長い長い話になってくる。
 

kyogiエアガンの箱を良く見ると、けっこうな率で「競技専用」の文字がどこかに書かれている。これは、昔エアガンの威力が自主規制で0.4Jまでと定められていた時代、それより強い0.8Jまでのエアガンを販売するために作られた新カテゴリーの名残りだ。

エアガン、実銃とされる「空気銃」と区別するために言葉を選んで書くと「オモチャの銃」が、銃刀法で規制される銃砲とはみなされずに「オモチャ」として存在を許されている唯一にして最大の理由は、その威力がわざわざ取り締まりの対象にするほどでもないと誰もが納得できる、「とるに足らないほどの弱いもの」でしかないからだ。逆に言えば、エアガンのパワーが「これ、ヤバいんじゃね?」と多くの人が思ってしまうほどに高いものになってしまったら、それは「オモチャ」ではなく取り締まるべき危険な武器となってしまう。

「オモチャ」と「取り締まるべき危険な武器」の境界線はどこか? 今は法律できっちりと規制値が定められているけれど、昔はそんなものはなく、メーカー団体による自主規制に委ねられていた。その自主規制値は、時代によってさまざまに移り変わってきた。

大昔は、「オモチャの銃」といったら弾が出ないモデルガンがほとんどだった。そのため、トイガン業界団体もモデルガンを想定した「日本モデルガン製造協同組合」というものしかなかった。設立は1974年のことだ。当時のモデルガンは、強盗だとか恐喝だとか、はてはハイジャックにまで使われたりして、それを受けたほとんどヒステリーに近い極めて厳しい規制の嵐にさらされていた。モデルガン協同組合は、改造防止策や材質の制限などの自主規制によって安全を確保し、より厳しい規制をされないようにすることが目的の団体だった。ただ、モデルガンでは弾は撃てないので、当然のことながら撃った弾の威力についての自主規制値なんてものも、当時はまだ存在しなかった。

日本国内で、本格的なエアガンの販売が始まったのは1980年代になってからのこと。「リアルな銃の形をしたものから弾が撃てる」というのは、今じゃ考えられないが当時としてはかなり思い切ったことで、モデルガンのような厳しい規制がされる前にきっちりと自主規制策を取っておこうと考えられたのだろう、ほとんど「間髪を入れず」に近いタイミングで「エアーソフトガン協議会」が設立され、1983年からは「この製品は自主規制に則って作られている」ということを証明する「ASGKシール」証紙の発給が開始された。

そして1986年、その2つの団体、つまりモデルガンを扱う「日本モデルガン製造協同組合」と、エアガンを扱う「エアーソフトガン協議会」が合併し、モデルガン・エアガンの両方を指す「遊戯銃」という言葉が考案され、「日本遊戯銃協同組合(ASGK)」が設立した。

ASGKは、「このパワーを超えるエアガンは作ったり売ったりしないようにしましょう」という値を自主規制値として定めていた。その自主規制値は「0.4J」。自分で自分の足とか手のひらとか撃ったりしたら、ちょっと悶絶してしまうくらいの痛みはあるが、怪我をするほどではない。斜め上に向かって撃てば30~50mくらいは飛ぶだろう。ちなみに0.2gのBB弾での初速にすると63m/sが上限になる。現在販売されている製品でいうと、ノーマルの電動ハンドガンよりちょっと弱いかな、といったところだろうか。

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